令和7年4月11日(金)、添乗員さんの「高遠城」の歴史を聞きながら 「高遠城址公園」に到着した。 戦国時代、高遠城は、「武田信玄」の五男「仁科盛信」(にしなもりの ぶ)が城主であったが、「織田信長」の長男「織田信忠」(おだのぶただ) の猛攻を受け、落城・全滅し、その後、「武田」家も滅亡。 処が「織田」家も「信長」が「本能寺の変」で討たれ、滅亡。 混乱に乗じて、高遠城を脱出していた、武田家の旧臣「保科正直(ほし なまさなお)」が「北条」氏の力を借りて高遠周辺を抑え、その後「徳川 家康」に仕え、高遠城主となった。 |